久しぶりに

更新。
なんとなく3月のライオンについて。
今俺の中で一番面白い漫画です。
この漫画は、今までなかった視点でのバトルを描いていると思うんです。
通常のバトル漫画、スポーツ漫画で描かれるのは『一回負けたら終わりの』バトルだけなんです。
バトル漫画での敗北というのは大抵致命的な状況につながります。そのまま主人公が死んでしまったり、世界が滅んでしまったり、大切な人が死んでしまったり。それが背景になってバトルは『絶対に負けられない』緊張感を持って、だからこそ盛り上がるわけです。もちろん敗北する場合もあります。しかしそういう時の敗北は、失った痛みを得て強くなったりする、つまり次の戦いに勝つための理由という性格が強いのです。極論を言ってしまえば、負けた戦いの時だけ、それは負けていい戦いであるわけです。RPGで言うところの負けイベントみたいなものですね。
スポーツ漫画ではよっぽどぶっ飛んでいなければ人は死にませんし、世界も滅びませんが、大抵の場合スポーツ漫画の試合はトーナメント形式の大会であり、一回負けてしまえばそこで終了します。そうやって命の掛からないスポーツに緊張感を持たせています。中学高校を題材にする場合が多く、その場合来年があるわけですが、先輩にとっては最後の大会だった、とか、選手生命をかけているとか、そういうもので負ける痛みやリスクを増やすことが多いように思います。
そして、大事なのが負けたら終わりである代わりに、勝ちにも終わりがあるという点です。バトル漫画ならラスボスを倒せばハッピーエンド、スポーツ漫画なら優勝すればハッピーエンドです。その時点で主人公の目標は達せられ、そこで物語は終わるんです。
今までの囲碁将棋漫画は比較的勝ちと負けの終わりがはっきりしてるものばかりだったと思います。ちょっとニュアンスが違うかもしれませんがヒカルの碁は神の一手を追い求める佐為がいましたし、ヒカルも佐為に追いつくことが目標になっていたと思います。明確に勝ち負けはハッキリしてないですが、常に目標があり、それに到達した時点で物語は終わるという感じでした。ヒカルの方はそこまで至るまでに終わってしまいましたが。将棋では今連載してるハチワンダイバーは死んだら負けて終わり、鬼将会の谷生を倒せば終りの非常にわかりやすいバトル漫画形式です。しおんの王も真犯人の正体を突き止める、と名人を倒す、という二つの明確な終わりがありました。トーナメントでしたし。月下の棋士も記憶があやふやですが似たような構成があったと思います。
んで。3月のライオンに関して言えば、その今までいろんな漫画で使われてきた、わかりやすい、これに勝ったらハッピーエンド、負けたらバッドエンド、みたいなものが意図的に廃されています。どんなに無様に負けてしまっても、戦いは終わってくれなく、再び立ち上がらなければいけない。そしていろんなものを犠牲にして、勝って、たとえ頂点にたどり着いても、そこで戦いを辞めることを許されない。勝っても負けても、幼くとも老いて衰えてさえも、永遠に戦い続けなければならない。そういったものの一端が描かれているんです。
他のスポーツ漫画でもプロを題材にしたものでは似たようなものがあるんですが、将棋の場合、選手生命がほぼ一生である点、個人競技かつ知的競技であるがゆえに負けの悔しさや責任を一切希釈できない点が異なっていると思います。
負けられないものを背負っている人も出てきているので、そういった思いを作品中で否定しているわけではないと思いますが、そういった人は全部結果的に負けています(故郷の人のために、と思った島田八段や、離婚直前のクリスマス、子供のために、と思った安井六段、引退をかけていた松永七段)。背負ったものの重さなど強さに関係ないんだ、というものを描写することで、勝負の世界の厳しさを描いているのでしょう。そしてこの負けられない人達は、その敗北が、普通のバトル漫画でありがちな、負けイベントとは決定的に違うものであり、実際に失ってしまっても、それでもなお再び戦わなければいけないのです。それは厳しさを超えた、業みたいなものなんでしょうか。
業といえば、この負けられない人達に勝った人達、主人公である桐山君や、名人の宗谷が、勝った者の傲慢さを見せているのも非常にいい。公園で桐山くんが叫ぶシーンや、宗谷が美しかったのに・・・と言って表情を曇らせるシーンは正に勝者の驕り。なんだけどもこの二人の将棋に対する執念の強さをとてもよく表現出来ているこの作品屈指の名シーンじゃないかなと思います。普通はこういうのを見せるのは敵役なんだけどもね。その辺も一味ちがうところかな。
そういった踏み込んだ棋士たちの心理描写を、一切逃げずに、丁寧に、的確に描いている。これはなかなかできるもんじゃないですよ。もちろん主人公の青春真っ盛りの少年としての心理描写もよくできてるし、他のキャラクターの魅力も本当にあるし、将棋の面白さも存分に出てるし、ポエムも素晴らしいけれど!も、自分が一番評価できるのはそこだなー。いやーほんとに作者の実力と、しっかりとした取材がないと生まれないもんだと思います。素晴らしいの一言ですよ!